【エビとカニの博物誌―世界の切手になった甲殻類】大森 信 (著) 2021年6月28発行
東京海洋大学名誉教授の大森信先生のご高著「エビとカニの博物誌ー世界の切手になった甲殻類」が出版されました。
築地書館 (2021/6/28)、 208ページ. ISBN-10 : 4806716227. ISBN-13 : 978-4806716228
この本につきまして馬場敬次先生(熊本大学名誉教授。日本甲殻類学会名誉会員)よりご紹介を賜りましたので、ここに掲出させていただきます。
---------------------------------------------------------------------------------------------------
この本が手元に届いたとき、真っ先にミナミコメツキガニの頁を開いた。沖縄の施政権がまだ米国軍にあった頃に琉球政府から発行されたこの3セントの切手は、石垣島から届いた友人からの手紙に使ってあったからである。このカニとの最初の出会いは、本土復帰前の1970年、石垣島川平湾の湾奥部の干潟であった。そこに見たカニの個体数の多いのに驚いたが、摂食中に人影を感じると素早くネジ回りに砂泥中に潜り込んで姿を隠す、その捕食を逃れる行動がとりわけ面白かった。この本にも、著者自身が石垣島での観察を語られており、ことのほか懐かしさを覚える。
著者の論文(1)によると、甲殻類の切手は、1400点以上になり、354の分類群(属•種)に同定されるという。切手になった甲殻類は、「エビとカニ」だけでなく、フジツボやコペポーダ、橈脚類、端脚類などを含む広い分類群にわたっており、本書では代表的な253種がカラー写真によって概ね分類群にしたがって紹介されている。
切手の写真の多くは、ほぼ原寸で複製されていて、発行年と発行国•機関が記されている。目次には、種の見どころを添えてあり、これらが誘惑的で読書欲を誘う。面白い生活史や生態を含めて種の生物学が判りやすく解説されており、加えて著者自身の世界にまたがる研究調査や旅の経験をもとに、甲殻類と人との関わりを豊かに紹介してある。エビ•カニとの旅先での出会い、どのようにして美味しく料理されるか,どのような雰囲気の中に食を楽しむかなど、その場の情緒ある雰囲気の描写が読者を魅了する。著者が野外調査や旅行,長期滞在で過ごされた間の豊富な話題、たとえばウッズホール研究所やスクリップス海洋研究所での人との出会いやその地でのエビ•カニとのかかわりなど、著者の人柄も想像できて楽しい。この本は、目次順に読んでも面白いし,目次や切手の写真から拾って読むこともできる。
今やインターネットなどの通信ネットワークを通して多様な情報や知識を世界的規模で得ることのできる時代である。奇麗な映像や動画つきの説明は情報としてはリアリティーに富む。しかし、読書によって、読者が自分で描く夢の世界はリアルな映像よりはるかに心を癒してくれる。著者は桁違いに豊富な経験とその叙情的な描写によって読者を魅了し、読者にエビ•カニの世界を知り,自然を愛でる楽しさ、想像する楽しみを与えてくれる。
文末には、在りし日の日本甲殻類学会名誉会員Holthuis教授と著者のツーショットの写真がある。共に甲殻類切手の収集を楽しまれ,2編の共著論文(2, 3)に纏められている。(馬場敬次)
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
1) Omori, M. 2014. Crustaceans on postage stamps from 1871 through 2002: The complete checklist. Journal of the Tokyo University of Marine Science and Technology, 10: 40-86.
2) Omori, M. & Holthuis, L. B. 2000. Crustaceans on postage stamps from 1870 to 1997. Report of Tokyo University of Fisheries, 35: 1-87.
3) Omori, M. & Holthuis, L. B. 2005. Crustaceans on postage stamps from 1870 to and including 2002: Revised article for our paper in 2000 and addendum. Journal of the Tokyo University of Marine Science and Technology, 1: 1-39.